ケーキを買う時、順番待ちしていたら割り込んでくるおじさん

とあるホテルのケーキ売り場。よくあるケーキの入ったディスプレイケース。冷蔵ショーケースの前でのこと。

ホテルには入り口付近にブランチやカフェを楽しむ場所が多い。そして、そこにはケーキ売り場が併設されている事が多い。ここもそういったカフェやランチ、朝食、ディナーを楽しめる所にあるケーキ売り場。

ちょうどランチの時間であった事もあって、ケーキ売り場には一人しかいない。その一人がちょっと多くのケーキを梱包していて手を取られている。注文をしたくても待っている状況だ。

自分の他に、ショーケースの前は一人の女性が立っていた。彼女もケーキを買いにきたのはすぐに分かる。ショーケースの前で店員を見ながら待っているからだ。ショーケースの前では、当然だが特に列を作るという事はない。それぞれ目当ての商品の前にいるのが普通だし、まだ商品を決めていない客は、ショーケースの前でディスプレイされたケーキを眺めたりする。

自分は、買いたいものが決まっていたので、最初に待っていた女性と同じように店員を見ながら待っていたが、他の人がショーケースの中身が見えないといけないので、ちょっと一歩後退して、邪魔にならないように待っていた。

そこに、おそらく結婚式を終えたと思われる団体が通っていった。黒い服を着た主に男、それも中年の男性が多く目についた。大きい声で話しながら、ぞろぞろと歩いていく。

その団体のうちの一人のおじさんが、「おっ、ケーキか。お土産に買っていってやるか。」と言った。

一緒にいた男性もわかったと言うような感じで、ショーケースの前でケーキを物色しだした。

そして、長々と梱包に時間を要して、ようやく仕事を終えた売り場の店員さんが声をかけた。「お待ちの方、ご注文を伺います。」

すると、すかさず、そのおじさんが注文を始めた。私は案の定と思ってすぐに店員に声をかけた。「こちらの女性が最初です。」

私は、そうなるだろうと始めから予想していた。そして、最初に待っていた女性も不満な顔をするものの何も言えずにいたのを確認して店員さんに声をかけた。

そのおじさんはバツが悪そうにしたが、自分が後から来た事がようやく分かったようだ。いや、分かったような感じではない、ただ「そうなのか」という表情だった気がする。仕方なさそうに、その女性が注文するのを待っていた。

うさぎのような小動物、あるいは犬や猫でもそうかもしれないが、エサを持って目の前に出してやると、それを食べようと首を延ばす。エサを移動させてやると、エサに合わせて顔が動いていく。このおじさんはケーキしか見ていない。まさにこの動物達と同じような視線をしている気がした。

そして、その女性が注文を終わるや否や、すぐさま、またおじさんが注文を始めた。

そこで、また店員さんに言った。「次はこちらの番です。こちらの人はその次です。」

そのおじさんは、今度もバツが悪そうな表情をして「また、今度にしよう」といって一緒にいた男性とともに離れていった。

どこかの国では順番に並ぶという概念さえ無い場合があるが、ここは日本で、多くの人がそういったことを小さい頃から学んできたはずだ。そして、小さい頃には誰もができたようなことだと思う。小学生のような小さい子でさえ、順番ということを守るべき大切な事として分かっている。

しかし、かつてそう学んだはずの、それが出来たはずの人が、いつの瞬間か、そういうことができない人たちに変わってしまう。

一つは思春期の時期、集団で行動をし、分かっていてズルをする場合。ズルをしても分からないことに味を占めたり、順番に横入りしても、誰も文句を言わない日本人気質に甘んじるような場合だ。こういうことを繰り返す事で、順番を守らない事に対する抵抗が薄れてくる。

二つ目は、おじさんとおばさんに多い。うさぎや犬のようにエサしか見えていない場合。電車のドアやエレベーターのドアの前でも多くが確認できる。ケーキしか見えていないから、他の人が並んでいる事が分からない。電車のドアしか見ていないから、おりてくる人や、同じく乗ろうとする人が見えていない。エレベーターも同様だ。

しかし、最近になって気がついた事がある。今回のようなケースはおじさんに多い。それが何故だかわかった。自分は男だがよく買い物に行く。肉屋のショーケースの前や、デパ地下のショーケースの前と同じシチュエーションだ。ショーケースの前で買い物をする機会が多いと、自分が何番目の客か、といかいうことに注意する。ショーケースの中の商品と、待っている客を確認する習慣ができている。

一方、おじさんにはそういう機会が殆どないのだろう。習慣や経験の違いが、時に人を不快にさせることがあるが、今回もそのような話しなのかもしれないと感じた。

小学校に入学したり、会社に入社することはあるコミュニティに入るという事だ。そこで一定のルールを教えられる。上級生や上司、先輩などがそれを教えてくれる。だからそれを知らないおじさんには、コミュニティのルールを教えてやることは必要だと思う。ルールを守る事がいつか習慣になる。そうすることでルールを守らない不快な感情から解放される機会が多くなるからだ。

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